このページの要点
- 提供水準の保証も否認もないと、中断が善管注意義務違反の債務不履行と評価される余地がある(民法644条・656条)。
- SLAを出さないなら、SLAなしの明記・目標値+任意の減免・長期停止の減額・返金とクレジットのどれかを選ぶ。
- 減額は「できる」ではなく「する」と書き、稼働の記録、対象外の場面、免責との優先関係まで書く。
- サポートは最初の応答の時間だけを約束し、解決は保証しない書き方にする。
結論:SLAを約束しないなら、「約束しないこと」と「代わりに約束すること」を書く
SLA(Service Level Agreement。稼働率や障害時の対応時間などの提供水準を数値で約束し、下回ったときの減額などを定める合意)は、法人の顧客からよく求められます。しかし、立ち上げたばかりのSaaSの提供者にとって、稼働率を保証し、下回ったら料金を返す表を付けることは、運用の体制から見て現実的でないことが少なくありません。アトラス行政書士法人がこれまで作成・レビューしてきたSaaSの書類にも、稼働率を「保証」してサービスクレジット(料金の減額や次回以降の請求からの控除)の表を付けた例はありませんでした。
それでも、何も書かないのが一番危うい選択です。提供水準について保証も否認もしていない規約では、提供の中断そのものが債務不履行と評価される余地が残るからです。このページでは、事務所の書類に現れた「SLAを約束しない設計」を比べ、障害時の減額・返金、外部サービスの停止、サポートの応答時間の書き方を説明します。
何も書かないと、計画停止さえ根拠を欠く
民間スクール向けの顧客管理クラウドのひな形を確認したときには、提供の水準について保証する定めも否認する定めもありませんでした。SaaSの利用契約を準委任とみると、提供者は善良な管理者の注意をもって事務を処理する義務を負います(民法644条・656条)。そうすると、障害や保守による提供の中断が、注意義務に反した債務不履行と評価される余地が出てきます。取引の通念上、保守のための停止は債務の内容に含まれていると解釈する余地はありますが、それを立証するのは提供者の側です。
同じひな形には「組織単位で他の利用者から分離して管理される」という一文もありました。書いた側は仕組みの説明のつもりでも、契約書に置けば性能の保証として働きます。複数の顧客が同じ基盤を共用するマルチテナントの不具合で他の顧客のデータが見えてしまう事故が起きれば、安全管理の義務に違反したことを立証するまでもなく、明文の約束に反したことになります。
事務所の改訂例:提供水準と中断の扱い
提供水準
理由中断できる場面を契約で決めておけば、計画停止も緊急停止も契約の範囲内の行為になります。
仕様の変更とサービスの終了
理由顧客が業務の切替えの準備をする時間を、変更の重さに応じて確保しました。
性能を約束して読める説明
理由仕組みの説明は契約書の外(説明資料)に置くか、安全管理の措置の内容として範囲を限定して書きます。
事業者向けの予約管理クラウドの規約でも、重大な不利益を及ぼす変更は事前に通知するとしながら、何が「重大」かを誰が判断するのか、何日前に通知するのか、中断したときに料金を調整するのか、復旧の目標があるのかが書かれていませんでした。サービスレベルを努力目標と位置づけた場合でも、達成できないことが直ちに債務不履行になるわけではない一方、達成に向けて継続的に取り組む義務は負うと考えておくべきです。目標として書いた数値も、契約の内容から消えるわけではありません。その規約は、サービスを終了するときは90日以上前に通知し、データを取り出せる期間を設けるとしており、この部分は維持してよいと評価しました。
同じ規約では、目的への適合性や中断のない稼働を保証しないという保証否認の条項が、予約の受付やメールの送信といった、提供を約束した機能そのものの不具合まで免責する趣旨なのかが不明でした。また、利用者とお客様の間の紛争は利用者の責任で解決するという条項が、二重予約・メールの不達・リマインドの不送信のように当社のシステムに原因がある場合まで利用者の責任とする趣旨なのかも読み取れませんでした。保証否認は「約束していない水準」を否認するもので、「約束した機能」が動かないことまで免責するものではない、という線引きを文言に表しておく必要があります。
サービス全体を終了する場面の予告は、顧客がデータを移して代わりのサービスを導入する時間を基準に決めます。スクール向けのクラウドの第2版は3か月前、予約管理クラウドは90日前と取出しの期間、生成AIを統合した法人向けクラウドは事前に受け取った料金の未提供分を日割で返す、という組み合わせです。終了時の前払金とデータの扱いは、期間・中途解約のページとデータの返還・削除のページで詳しく扱います。
SLAを約束しない4つの設計
事務所の書類を並べると、SLAを数値で保証しない場合の書き方は、大きく4つに分かれます。
SLAを約束しない設計の比較
「SLAはない」と明記する型
施設向けの業務支援システム
- 商業上相当な努力で提供する
- 重大な不具合には修正又は代替の措置をとる
- 「稼働率について特定の保証(SLA)は提供しません」と明記
目標値+任意の減免の型
法人向けの業務支援クラウドの約款
- 月間稼働率99.5%以上を「目標値」として運用
- 除外時間は事前に通知した保守、不可抗力(サイバー攻撃を含む)、顧客や第三者の設備に起因する時間
- 著しく下回れば協議のうえ請求の一部の減免等を「講じることがある」が、内容も実施も約束しない
長期停止の減額に一本化する型
社内資料を読み込むAIサービスの試行版
- SLAは出さない
- 提供者の責めによる全部停止が連続3営業日を超えたら、超えた日数分の日割相当額を翌月から減額する(義務)
- これを長期停止についての唯一の責任とする(故意・重過失を除く)
返金・クレジットの型
個人向けの管理クラウド
- 誤課金は全額返金又は請求の訂正
- 主要な機能が相当期間使えない重大な不具合は、返金・利用期間の延長・サービスクレジットのいずれか
- 上限は影響期間の支払額。返金等は損害賠償の額から差し引く
どの型でも、障害時の対応を「当社の判断で個別に対応する」とだけ書くのは避けます。個人向けの管理クラウドでも、依頼者のドラフトにあった「当社判断で個別対応」を、ヒヤリングを経て上の返金・クレジットの定めに改めました。
目標値の型は、法人の顧客から「SLAで稼働率を保証すべきだ」という要望が出たときに、保証ではなく目標として数値を示し、減免は任意にとどめる折衷です。レビューの段階で出た「稼働率を保証すべき」という推奨を、この形で取り込みました。約束はしていないので、顧客の側から見ると補償の確実性は低い一方、提供者が目指す水準と、除外される時間の考え方は契約書で共有できます。
4つの型で顧客に約束していること
| 型 | 数値 | 減額・返金 | 提供者の負担 |
|---|---|---|---|
| SLAなしを明記 | なし | なし(重大な不具合の修正・代替措置) | 小さい。顧客の法務から修正を求められやすい |
| 目標値+任意の減免 | 稼働率の目標 | 講じることがある(約束しない) | 小さい。目標の考え方を共有できる |
| 長期停止の減額に一本化 | 連続3営業日 | 超過日数分の日割相当額を減額(義務) | 中。停止が長引いたときだけ確実に負担する |
| 返金・クレジット | 相当期間(数値は置かない) | 返金・延長・クレジットのいずれか(義務) | 中。上限は影響期間の支払額 |
減額は「できる」ではなく「する」と書き、他の免責との優先関係を示す
長期停止の減額を定めるとき、「提供者は、その裁量により利用料金を減額することができる」と書くと、提供者が減額しなくても違反にならず、顧客にとっては約束になりません。顧客の法務担当者がこの文言を見ても、SLAの代わりとは評価しないでしょう。試行版の契約の修正文案では、減額を提供者の義務として書き、どの記録で停止の時間を判断するか、どの場面が対象外か、他の免責の条項とどちらが優先するかまで書きました。
条文例長期の停止による減額(試行版の契約の修正文案を一般化)
- 前項及び第◯条第◯項の定めにかかわらず、乙の責めに帰すべき事由により本サービスの全部が連続して3営業日を超えて利用できなかった場合、乙は、超過した日数に対応する利用料金の日割相当額を、翌利用月の利用料金から減額します。
- 前項の利用できなかったことの有無及びその時間は、乙の稼働の記録によるものとします。第三者サービスの障害、不可抗力及び甲の責めに帰すべき事由による停止は、前項の対象としません。
- 第1項の減額は、同項の停止について乙が負う唯一の責任とします。ただし、乙の故意又は重大な過失による場合は、この限りではありません。
冒頭の「前項及び第◯条第◯項の定めにかかわらず」で、停止の免責の条項と減額の条項のどちらが優先するかを示しています。これがないと、免責があるから減額もしない、という読み方の余地が残ります。
あわせて、停止や変更、不可抗力の免責の条項には「これによる損害賠償の責任は、第◯条(損害賠償)の定めるところによる」と加え、免責を書き切らずに、責任の上限の範囲内では責任を負い得る建付けにしています。これは、同じ書面を多くの顧客と画一的に使うようになって定型約款に当たる場合に、全部の免責が不当な条項と評価されることへの備えでもあります(責任制限のページ)。
障害時の返金と、損害賠償との関係
返金やサービスクレジットを定めるときに忘れやすいのが、損害賠償との関係です。個人向けの管理クラウドでは、返金やクレジットで対応した分は損害賠償の額から差し引く、と書いています。これがないと、返金を受けたうえで同じ障害について損害賠償も請求され、二重に負担する余地が残ります。返金・クレジットの対象外として、外部サービスや不可抗力による障害を挙げつつ、外部サービスの選定・管理に故意・過失がある場合は除く、という限定も付けました。
- サービスの終了と停止で扱いを分けた例。音声応答のクラウドの規約は、サービスを終了するときは未提供分の返金その他合理的な対応をする一方、提供者による利用の停止や解除のときは理由を問わず返金しない、と書き分けています。停止・解除は顧客の違反を前提にしているためです。
- 不可抗力の間の料金。スカウト型の採用クラウドの個別契約書は、不可抗力による中断の間も料金は免除しないが、提供者の故意・重過失で継続的に提供できなくなった場合は減免を協議する、としました。
- 採用支援のクラウド。既払いの料金は返金しないが、当社の故意・重過失により継続的に提供できなくなった場合は除く、という例外を置いています。
外部サービスの停止は、免責と不可抗力のどちらで書くか
SaaSは、クラウドの基盤、データベース、認証、決済、メール配信、外部のAIなど、他社のサービスの上で動いています。これらが止まったときの扱いは、事務所の書類でも書き方が分かれます。
外部サービスの停止の書き方(事務所の書類から)
| サービス | 書き方 | 効果 |
|---|---|---|
| 事業者専用の管理クラウド | 決済・データベースと認証・開発環境・グループウェア・メール配信の各サービスを名前で列挙 | 停止・仕様変更・終了・料金改定による利用不能は、故意・重過失を除き免責。中断の事由にも挙げる |
| スカウト型の採用クラウド | クラウドサービス・外部APIの停止を不可抗力に含める | 不可抗力が30日以上続けば相手方が解除できる。金銭債務は免除しない |
| 投稿を生成するクラウド | 外部APIの仕様変更・提供終了・利用制限を、変更・停止・終了の事由として明記 | 終了は原則30日前に通知、緊急時は予告なし |
| 生成AIの業務支援 | 生成AIに関する法令・規制・行政指導の変更 | 提供者はサービスの内容を変更・停止でき、目的を達成できなければ協議して終了 |
| 試行版の契約 | 第三者サービスの障害による停止 | 長期停止の減額の対象外とし、免責・不可抗力の条項に切り分ける |
外部サービスを社名で列挙すると、顧客から見て何に依存しているかが分かりやすい反面、事業者を変えるたびに規約の改定が要ります。役割(決済、認証、メール配信など)で書いて、具体的な事業者は別紙や案内に委ねる方法もあります。顧客データを扱う外部サービスは、個人情報の再委託先として承諾や開示の対象にもなるので、そちらとあわせて設計します(委託先と個人情報のページ)。なお、不可抗力の条項は金銭の支払義務には適用しない、と定めておくのが通常です。試行版の契約でもこの一文を加えました。
サポートの範囲と応答時間は、「何を約束するか」を絞る
サポートの条項でよくあるのが、応答の時間を約束したつもりが、解決まで約束したように読める書き方です。自社のソフトウェアの使用許諾の契約では、当初の「翌営業日までに原則回答」を、修正版で「翌営業日までに原則として一次回答を行い、問題の早期解決に向けて最大限努力することを目標とする。ただし、問題の解決自体を保証するものではない」と改めました。約束するのは最初の応答の時間だけで、解決は約束しない、と書き分けています。それ以上の対応には別の保守契約が要ること、契約不適合の責任は排除しないことも明記しました。
サポートの書き方の比較
| サービス | 時間 | 約束の内容 |
|---|---|---|
| スカウト型の採用クラウド(個別契約書) | 平日9時から17時(年末年始を除く) | 重大な障害は、通知を受けてから24時間以内に初期対応(障害の確認と影響範囲の分析)を始めて報告。定期保守は原則として時間外に事前通知して実施 |
| ソフトウェアの使用許諾 | 平日9時から17時 | 翌営業日までの一次回答を目標。解決は保証しない |
| 生成AIの業務支援(基本契約) | 平日10時から18時 | 2営業日以内の回答に努める |
| 試行版の契約 | 平日の日中 | 24時間365日の有人対応はしない。窓口のアドレスは本文に書かず、提供者が別途通知する |
計画的な保守の時間も、サポートの条項と一緒に決めておきます。スカウト型の採用クラウドでは、定期のメンテナンスは原則としてサポートの時間外に、事前に通知して行うとしました。目標値の型の約款では、事前に通知した計画保守と緊急保守を稼働率の除外時間にしています。サポートの範囲の外にあるもの(顧客の端末や社内のネットワーク、顧客が自ら接続する外部のサービスの設定)を書いておくことと、初期設定のうち提供者が行う部分と顧客が行う部分を分けておくことも、試行版の契約で補った点です。
24時間365日の有人対応をしないサポートの体制は、障害の連絡だけでなく、情報漏えいの通知の期限の決め方にも影響します。試行版の契約で、漏えいの第一報の期限を24時間ではなく72時間にしたのはこのためです(委託先と個人情報のページ)。法人向けの業務支援クラウドの約款では、レビューを受けて、当社が不正な使用やセキュリティの問題を検知したときは速やかに契約者に通知し、停止や再発行などの措置をとる、という当社側の義務を加えました。サポートの条項は顧客から当社への連絡を中心に書かれがちですが、当社から顧客へ知らせるべき場面も決めておきます。
ヒヤリングの問いと理由SLA・サポートの条を作る前に
稼働率を数値で示したい顧客はいますか。
保証として示すのか、目標として示すのかを決めます。目標なら、除外時間と、下回ったときに何をするか(何もしないのか、協議するのか)を書きます。
停止が長引いたときに、顧客に何を約束できますか。
日割の減額、利用期間の延長、クレジットのどれを、どの記録に基づいて、どの場面を除いて行うかを決めます。
どの外部サービスに依存していますか。
停止したときに免責にするのか、不可抗力として解除の事由にするのか、減額の対象から外すのかを決めます。
サポートの体制は、何時から何時ですか。休日や夜間はどうしますか。
約束する応答の時間を体制に合わせます。解決まで約束しない書き方にします。
提供者から顧客に知らせるべき事象は何ですか。
不正な使用の検知、重大な仕様の変更、サービスの終了など、通知の期限を決めます。
起きがちなこと
SLA・障害・サポートで起きがちなこと
- 提供水準の保証も否認もなく、計画停止の根拠さえ契約にない。
- サービスの説明文(「データは分離して管理されます」など)を契約書に置き、性能の保証として働いてしまう。
- 減額を「提供者の裁量でできる」と書き、顧客にとって約束になっていない。
- 減額や返金の条項と免責の条項のどちらが優先するか書かれていない。
- 返金したうえで、同じ障害について損害賠償も請求され得る書き方になっている。
- 「翌営業日までに回答」と書き、解決まで約束したように読める。
- 24時間の有人対応をしない体制なのに、障害や漏えいの通知を「24時間以内」と約束している。
よくあるご質問
SLAを出さないSaaSでも、規約に何か書く必要がありますか?
書く必要があります。提供水準について何も書かないと、中断が善管注意義務違反の債務不履行と評価される余地が残り、計画停止の根拠もなくなります。中断できる場面、重大な変更や終了の予告、中断による損害を責任の条項につなぐことを書いておきます。
稼働率99.5%のような数値を「目標値」として書くことはできますか?
できます。保証ではなく目標値とし、事前通知した保守や不可抗力、顧客側の設備に起因する時間を除外時間として定め、下回ったときの減免は「講じることがある」とするなど、約束の範囲を明確にします。目標とした場合でも、達成に向けて継続的に取り組む義務は負うと考えておきます。
SLAの代わりに顧客へ約束できる限定的な補償には、どんなものがありますか?
提供者の責めによる全部停止が一定の日数を超えたら、超過日数分の日割相当額を翌月から減額する、という形が考えられます。減額を義務として書き、停止の時間は稼働の記録で判断し、外部サービスの障害や不可抗力を除き、これを唯一の責任とする(故意・重過失を除く)と定めます。
障害で返金した場合でも、損害賠償を請求されることはありますか?
契約に定めがなければ、その余地があります。返金やサービスクレジットで対応した分は損害賠償の額から差し引く、と書いておくと二重の負担を避けられます。
サポートの「翌営業日回答」は、何を約束したことになりますか?
書き方によっては解決まで約束したと読まれます。「翌営業日までに一次回答を行うことを目標とし、問題の解決自体は保証しない」のように、約束するのは最初の応答だけだと分かる書き方にします。
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